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今日の
寺山修司の名言
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5月11日
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1.
人生なんて、おどかしっこの肝だめし、
うそがなければほんともなくなる、
仮面がなけりゃ、ほんとの顔も見られないのよ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
海には叙情詩と男声合唱のひびきがある
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
どうか、あなたの人生で、あたしの(人生の)台本をよごさないで。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
まったく、思いがけない一行でも、
それが、だれかに行動の機会を作ることが出来たとしたら、
一行の作者の意図など問題にならないことだろう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
本当の詩人というものは「幻を見る人」ではなくて「幻を作る人」である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
死は、もしかしたら、一切の言語化の中にひそんでいるのかも知れない。
なぜなら、口に出して語られない限り、「そのものは、死んでいない」ことになるのだから。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
思い出は、個人的な蓄積であるが、ときには疎外された人間たちの失地回復の〈緑の土地〉になることもあり得るのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
私は、あらゆる戦争を認めないが、それは決して平和が好きだからではない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
社会には「第三者」などというものは存在しないのだ。
それにもかかわらず、自分の顔見知りでない人間を「第三者」だと思いこむことは、想像力の欠如である。
そして、「第三者」を生みだす負の想像力こそ、現代の政治と犯罪の残忍さの母胎(ぼたい)となるものだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
劇場とは、施設や建物のことではなく、劇的出会いが生成されるための「場」のイデオロギーのことである。
どんな場所でも劇場になることができるし、どんな劇場でも劇が生成されない限りは、日常的な風景の一部にすぎなくなる。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
「おまえを育て、かわいがってきたのはこのわたしであっておまえの恋人ではない」という母親だったら、なおさら捨てなくてはいけません。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
ボクサーが自分のためでなく、
誰かのためにたたかっていると思いだしたら(=思い始めたら)、
それはもう転落のはじまりなのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
劇場の中には、さまざまの〈出会い〉が組織される。
それは俳優と役中人物との〈出会い〉、俳優と観客との〈出会い〉、観客と役中人物との〈出会い〉、観客と観客との〈出会い〉──と、限りなくあるのだが、従来の劇場の中での〈出会い〉として表出されていたのは、その中の観客と役中人物との〈出会い〉だけであった。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
旅は出会いである。
人は出会いの偶然をもとめて
汽車に乗る。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
書物……一万語を軟禁してある紙の城。
書物……重さ百グラムの愚者の船。
書物……押し花の犯罪。
書物……声を出さない雄弁機械。
書物……瞑想の紙製飛行機。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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