名言ナビ
→ トップページ
今日の
田辺聖子の名言
☆
7月4日
☆
← 前日の名言
→ 翌日の名言
1.
人がその生涯にひきおこすさまざまの事件の祖型(そけい)は、すでに子ども時代に出来ている。
(
田辺聖子
)
2.
大体、中年(あるいは老年)以後に、自分の顔や容姿の欠点をあれこれと思う人は、それからしてすでに、「お化粧」や「おしゃれ」の本質から見放されてる人である。
(
田辺聖子
)
3.
上機嫌は煙みたいに消えるものだから、
たやすく忘れられる。
(
田辺聖子
)
4.
フツーにしゃべって味が出る、というのは、やっぱりトシやでェ。
(
田辺聖子
)
5.
人、老いては口別嬪(べっぴん)になるべき。
年をとってもそばへ人が寄ってくれる。
(
田辺聖子
)
6.
女の容貌には、骨の綺麗なの、肌の綺麗なの、表情の綺麗なの、と三通りある。
(
田辺聖子
)
7.
男は妻に向って、帰れ、出ていけ、と何心となく放言するが、いざ自分はどうかというと、どこへもいきようがないのである。
三界に家なし、とは男のことであるのだ。
辛くても切なくても、今いる家に我慢して忍ばなければならぬのだ。
(
田辺聖子
)
8.
ホントに面白いことは、どん(鈍)くさいことのうちにある。
(
田辺聖子
)
9.
皮肉やワルクチは〈芸〉なくして扱ってはならず、その才のないことをわきまえるのも才能のうち、
そういうときは礼を失しないように控えるのが言論人の知性であろう。
(
田辺聖子
)
10.
大体、知識いうのは
本に書いてあることを
そのまま物うつしにして
おぼえたり、知ったりすること、
だからそれをそのまま伝え、教えるのは、
私なら何やら気恥ずかしい。
知ってる(※だけ)ということは、
羞(は)じらいの固まりである。
(
田辺聖子
)
11.
人間というものは、いつもいまはじめてつきあう、というような精神が必要である。
友達になってからあとでも、そういう心がまえでいなければいけない。
(
田辺聖子
)
12.
オトナの世界は、世俗のしがらみに縛られて「……のため」という名目があってこそ、楽しいのだ。
(
田辺聖子
)
13.
女に理論を通じさせることができたら、それは女でなくなるときだ。
(
田辺聖子
)
14.
男性たちの発言や発想は、女に関する部分から古くなる。
(
田辺聖子
)
15.
(長生きしたなあ……)
と自分で思ってしまうと、
(長生きして何が嬉しかろう?
ちっとも楽しいことはないではないか)
などという、やくたいもない省察が生まれてくる。
それゆえ、長生きした、なんて自分で考える間もないように、日々忙しく、日々楽しく、「夢うつつ」でとび跳ねて過ごしていればいいのだ。
(
田辺聖子
)
← 前日の名言
→ 翌日の名言
→ トップページ