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今日の
むのたけじの名言
☆
10月29日
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1.
利己は
生息のための本能手段であって、
それだけのことである。
悪徳であるようにけなすのも、
それに拝跪(はいき)するのも、
臆病者の虚栄である。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
2.
同じような行為を
日ごと夜ごと繰り返しながら、
反覆(はんぷく)からの脱出こそが、
それだけが希望の光。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
3.
予想することは心細くて難儀であるが、
その努力を支えるものは経験である。
経験をまじめに蓄えれば、
それだけ正確に遠方までを予見できる。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
4.
子どもを背負った母親は、
暗い夜道にも暗い山道にも
ひるまない。
子どもを背負った母親は、
光を背負っている。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
5.
過去はすべて
今日のための習作である。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
6.
忘却は痛みをやわらげる。
しかし
痛みの原因をとりのぞくことはできない。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
7.
私の行く道は
私の足が知っている。
誰のでもなく、
私自身の足が私を進める。
歩いているときの私が
最も私自身だ。
だから、何を考えるにも
足を動かしながら考える。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
8.
革命は
自然かつ必然の社会事象であり、
特定の個人または集団がたくらんだからとて
起こせるものではなく、
起こしたとしても
成就させることはできない。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
9.
逆境のためにほろぶ人間の
何十倍、何百倍もの人間が、
順境の中でほろんでいる。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
10.
他人の背信による自分の痛手は、
自分の努力で克服できる。
しかしながら、
自分の思い決めたことに自分が背いたら、
自己弁護がたやすいだけに
痛手は底まで裂く。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
11.
いつも不平たらたらの人は、
新しいものをうみだせない。
不平をこぼすことで
不満を満たしてしまうからである。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
12.
安定を望んで変化をも欲する。
そのくせ望む安定、望む変化をもらいたがって、自分たちで作ろうとしない。
わがままと怠けの克服、これが人類の課題だな。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
13.
真相は、
発見しようと努力しないと、
見ることができない。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
14.
演技者が自分でおかしがって笑ったら、
喜劇にも悲劇にもならない。
演技者がこれは悲劇ですよと涙をこぼして見せる芝居が、
実は喜劇なのだ。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
15.
青年は
歴史を踏み石として前進し、
新しい石をより前方へすえる任務をもつ。
それこそは、
何ものによっても制止されない
青年の権利である。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
16.
夜のおわりに朝がくる。
しかし、
夜明け直前の闇は最もくらい。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
17.
真似るという動詞、
ファッションという名詞、
右にナラエ式の号令などが
みな消滅して、
人真似のない人の世になったら、
人々の生きざまは、
確実に今より三倍は
楽しく生き生きするのではあるまいか。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
18.
子供を幸福にしたければ、
親が幸福になりなさい。
だって不幸な親から幸福な子は決して生まれません。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
19.
善か悪かで物ごとを割り切るのは、
わかりやすいぶん、
ごまかされやすい。
だから先ず二つのケジメをつけることだ。
悪と善を分ける実体の物さし、
も一つは
誰のための善か、誰のための悪か。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
20.
道具としてつくった物を
道具として使いこなさないと、
道具の道具にされてしまう。
(
むのたけじ
)
(
Muno Takeji
)
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