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今日の
寺山修司の名言
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1月13日
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1.
だれもいない無人島で
あなたと二人っきりで暮らしたい
毎日海で泳ぎ
裸足(はだし)で恋を語りあい
鳥のように歌いながら
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
わらべ唄というのは
ペストや黒死病みたいに伝染性を持ったものであることが重要であり、
その辺が他の詩歌と違うところなのではないか。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
親は自分がえらび出した人間ではないが、
友人や恋人は、
自分が「選ぶ」ことによって関係の生じた人間である。
親なんかより、はるかに自分に身近なのは
「自分が選んだ他人」なのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
人間同士の葛藤(かっとう)のドラマは結局、人間を超えることは出来ないが、偶然との葛藤である競馬は、まるで「神の意志」とのたたかいのように思われたのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
どこでもいいから遠くへ行きたい。
遠くへ行けるのは、天才だけだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
(ボクシングという)あの、殴りながら相手を理解してゆくという悲しい暴力行為は、何者も介在できない二人だけの社会がある。
あれは正しく、政治ではゆきとどかぬ部分(人生のもっとも片隅のすきま風だらけの部分)を埋めるにたる充足感だ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
親の愛情、とりわけ母親の愛情というものはいつもかなしい。
いつもかなしいというのは、それがつねに「片恋(かたおもい)」だからです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
だれも他人の死の重さをはかることは出来ないのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
(映画の)スクリーンは、
並んで坐った者同士が「同じ夢を見る」ための
限られたスペースであり、
映画は夢の入口に誘う眠りのようなものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
「ふるさと」の絵というのは、どうして遠景ばかりなのだろう。
それは、私が十歩近づけばその分だけ遠ざかり、決して中へ入ることを許さない、遙(はる)かな風景なのであった。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
勝った馬が常に美しいのは、
運の祝福を受けているからにほかならない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
テーブルは
いつも大地につながっている
それは大きな木のようだ
テーブルは
いつも豊かに広がっている
それはふたりだけの小さな土地
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
私は、あらゆる戦争を認めないが、それは決して平和が好きだからではない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
思い出って嫉妬ぶかいものよ。
これから思い出したりなんかすると、たちまち過去が復讐しにやってくるんだわ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
わたしの存在そのものが質問なのだ。
その答えを知りたくて生きてるんだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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