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今日の
田辺聖子の名言
☆
6月15日
☆
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1.
中年の言いぐさによれば、中年のやさしさは無関心と同義語なのだそうだ。
(
田辺聖子
)
2.
人って、所詮(しょせん)、ゲームしてなくちゃ、人生の間(ま)が保(も)たない種族なのかもしれないなあ。
(
田辺聖子
)
3.
おしゃべりの楽しい女、というのは、これは人間の宝石である。
(
田辺聖子
)
4.
(※男にとって愛情は)分けるんじゃない、(※愛する人の数だけ)ふえていくのさ。
(中略)何人、女がいようと、どの女も可愛い、というのが男の真実だよ。
(
田辺聖子
)
5.
長生きなんて元々、楽しくないものなのだ。
古馴染(ふるなじ)みの次々欠けていくのを見るのが長生きなのだから。
(
田辺聖子
)
6.
女の欲しいのは、相性のいい相棒だけ、それも自分だけの相棒である。
(
田辺聖子
)
7.
ニセモノのレストランというのは、礼儀正しいのではなく、いんぎん無礼なのであり、聞いても給仕が料理のことを知らず、関心なく、客をバカにしたりしている。
いきつけの常連ばかりチヤホヤしたりする。
料理がいかに美事(みごと)でもそれはニセモノである。
(
田辺聖子
)
8.
幸福と面白いこととはちがいます。
幸福いうのは、面白いことが無くても成り立つ。
(
田辺聖子
)
9.
オトナの世界は、世俗のしがらみに縛られて「……のため」という名目があってこそ、楽しいのだ。
(
田辺聖子
)
10.
要するに、(※オジサンとオバサンの差は)人生戦線の縮小にかかりはじめた人と、拡大をもくろむ人の差である。
(
田辺聖子
)
11.
男と女のあいだの友情なんてインチキな雑巾(ぞうきん)みたいなものだ。
(
田辺聖子
)
12.
(※オトナが)子供(=小学生から高校生)とつきあうのは感傷や情緒で手に負えるものではない。
(中略)血のつながりは汚くもあるが美しくもあって、肌暖かな逃げ道があるが、全くの他人の関係の場で、オトナとコドモがつきあうのは、むつかしいものなのである。
(
田辺聖子
)
13.
〈家庭〉というものは、人が、〈面白(おもしろ)疲れ〉したときに要るのだ。
(
田辺聖子
)
14.
民主主義はすべての人を平等にしたが、
精神のオトナや貴族を増やさないで、
むしろ、(精神的)賤民(せんみん)を多く作った。
(
田辺聖子
)
15.
人生の旅はわりに忙しく、席の暖まるひまがない。
(
田辺聖子
)
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